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| タイトル | ディープ・エンド・オブ・オーシャン |
|---|---|
| 原題 | THE DEEP END OF THE OCEAN |
| 公開年 | 1999 |
| 監督 | ウール・グロスバード |
| 出演者 |
ミシェル・ファイファー トリート・ウィリアムズ ウーピー・ゴールドバーグ ジョナサン・ジャクソン ライアン・メリマン |
| 内容 | カメラマンのベスは7才のビンセントと3才のベンを連れて、シカゴの高校の同窓会に出かけた。楽しい同窓会になるはずだったが、ベスが、ビンセントにベンのお守りを任せたわずかな隙にベンがいなくなってしまう。 警察の捜査にも関わらず、ベンは見つからず、ベスはショックで子育ても仕事も放棄してしまう。 それから9年後、シカゴに暮らしていたベスたち一家のもとにサムという少年が偶然訪れる。サムは失踪したベンにそっくりだった。 |
| おすすめ度 | ☆☆☆☆☆ |
| 評 | 家族の絆とは何かを考えさせられる映画。 子供が失踪するまでの描写が丁寧で、それがきちんと子供が帰ってきてからの後半に意味を持ってくるのが非常に素晴らしい。 特にこの映画は両親と長男ヴィンセントとの対比という形でうまく表現している。両親は一見、子煩悩に見えるが、実際は子供の表面的な世話だけで、本当にベンと遊んであげていたのは長男だった。 それがいざベンが誘拐されると、母親は取り乱し、ベンのことばかり考えて、残された二人の子供には無頓着。その時も妹の世話をしていたのはヴィンセントだった。 母親が家庭のことを考えず、自分の過ちを責めて、自分の殻に閉じこもっている時に、ヴィンセントは子供なりに家庭を守ろうと必死になっている様子がひしひしと伝わってきて、感動した。 ベンが見つかってからも、両親はベンの気持ちを考えずに一方的に育ての親から取り返し、元の家族に戻ったかのように浮かれる中で、ヴィンセントの方は、ベンに対する後悔の念にさいなまれていた。 後半で、ベンは、実の両親の記憶がないにもかかわらず、兄と昔、遊んだ記憶だけは微かに残っていて、ようやくヴィンセントとだけは心の交流が果たせたという下りは、両親は子供を十分にかわいがっていると思っているだけで、実は本当に面倒を見ていたのは兄だったということを証明した形となった。 ミシェル・ファイファーは子供が失踪する前と後での母親としての心の変化をわかりやすく表現している。しかし、何と言っても今回良かったのは、子供の頃のヴィンセント。弟への責任感や嫉妬、自分にかまってくれない母への不満、そんな微妙な子供心を演技ぶりを感じさせずに演じているところがよい。彼の演技力がこの映画の中核を支えてくれた。 総評としては、ドラマとしての劇的な展開というものはないが、家族描写が近年の映画では最高に位置するくらい丁寧で、映像でメッセージを訴えかけられるようなテーマ性の強い映画。 |