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| 関連CD |
| タイトル | ダンサー・イン・ザ・ダーク |
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| 原題 | DANCER IN THE DARK |
| 公開年 | 2000 |
| 監督 | ラース・フォン・トリアー |
| 出演者 |
ビョーク カトリーヌ・ドヌーブ ピーター・ストーメア デビッド・モース ジャン・マルク・バール |
| 内容 | 1960年代のアメリカの片田舎、チェコからやってきたセルマは女手一つで息子ジーンを育てながら、工場で働いている。しかし、遺伝性の病気のために彼女は失明の危機にあり、同様の病気を持つジーンだけでも手術を受けさせようと、秘かにお金を貯めていた。 そんな生活の中で彼女のミュージカルであった。仕事の帰りには友人のキャシーと劇団で舞台の稽古をしたり、映画館でミュージカルを観たりしていた。そして、仕事の時でも機械の音を音楽にミュージカルの妄想に浸ることもあった。 |
| おすすめ度 | ☆☆☆☆☆ |
| 評 | いつ失明するかもしれない状況の中でアメリカ移民として女手一つで子供を育てていかなければならない女性の悲劇をドキュメンタリー映像風に描いた映画。 失明しても、失明とは言えず不通に働き続けなければならないところにアメリカ移民として生きていくことの悲哀さを感じた。 悲劇とミュージカルという相反する要素を、ビョーク演じるセルマの現実逃避の妄想としてミュージカル・シーンをはめ込むことによって、見事に悲惨な現実と幸せな空想とのギャップを表現している。現実の辛さを紛らわすため、身近な音からミュージカルの空想へ入り込むのだが、すぐに現実へ引き戻される。この繰り返しが、この映画の特徴である。そして、セルマが一番楽しみにしていたミュージカルの舞台の場が最後の死刑台とはあまりにも悲しすぎる。どこまでも幸せの世界をミュージカルに求めた彼女にとっては、あまりに哀れな最期である。 話としてみれば、セルマがもう少し賢く行動していれば、こんな悲惨なことにもならなかったろうが、現実的に考えると、全てに最良に振るまうことは不可能だし、不器用な振るまいをすることがほとんどである。裁判にしても、本来なら盲目の女性が殺人なんてと好意的に解釈できるはずだし、彼の歳入状況を調べれば、セルマにも有利に働くのだが、そこはアメリカ移民に対する差別と被害者が警官だったことに対する警察側の事実の隠蔽という工作も伺える。 構成としては中盤は単調な展開になってしまったが、それでも、セルマの子供への愛情とミュージカルを夢見る少女的な心情が伝わってくる悲劇ではあるが、どこか温かみのある映画であった。 ビョークは演技も歌も文句なしである。彼女以外にこの作品はあり得なかったと言っていい。線路と列車の上でのビョークとピーター・ストーメアとの「I've been seen it all」のデュエットは最高。泣ける。脇を固めるカトリーヌ・ドヌーブも良かった。 |