cover
タイトル A.I.
原題 A.I.
公開年 2001 アメリカ
監督 スティーブン・スピルバーグ
出演者 ハーレイ・ジョエル・オスメント
ジュード・ロウ
フランシス・オコーナー
ブレンダン・グリーソン
ウィリアム・ハート
内容 近未来。子供を持つことが許可制となり、人型のロボットが人間の労働力や生活を補うようになっていた。そんな中、サイバートロニクス・マニファクチュアリング社が子供のない親のために子供型のロボットを開発した。
 親を永遠に愛することをインプットされたロボット少年デイビッドは、子供が末期のため、治療法が見つかるまで冷凍保存されている会社の従業員ヘンリー・スウィントンと妻モニカに預けられた。デイビットは次第にモニカに受け入れられるが、そんなある時、息子のマーティンが治療を終え、家に戻ってくることになった。
おすすめ度 ☆☆☆★★
 人間になることを望んだロボット少年の映画。
 「アンドリューNDR114」同様、人になることを望む人型ロボットの映画で、やはり相手のことより自分のことしか考えていないという点は共通している。人間の心がわからないロボットにとってはそれは仕方のないことだし、人間になりたいと願う直向きな気持ちはわかるが、映画の中でそれを人間が演じてしまうと、どうしてもエゴでわがままに見えてしまい、主人公に感情移入できないのが辛い。
 それと、映画のシーンの中で納得いかない部分もある。例えば、デイビッド(ハーレイ・ジョエル・オスメント)が悪いことをしても母親のモニカ(フランシス・オコーナー)が叱らない点である。そもそも、会社側がモニカに譲る時点でデイビッドに社会のルールやしつけを教え込んでいないのも変なのではあるが、どちらにしても、まだ社会性が備わっていないのだから、悪いことをしたからと言って見捨てる以前にこうしたら駄目だと教え込むべきだろう。また、息子のマーティン(ジェイク・トーマス)が足が不自由なのをわかってて、見張りも置かずに深いプールのそばに座らせるなど、デイビッドがいい悪いではなく、親の方に大きな問題があると思う。
 後、モニカがデイビッドを捨てた後、モニカがデイビッドを捜すシーンとか、デイビッドのことで悩むシーンが全くないということで、長いラスト・シーンでの感動がちょっと薄れた気がした。
 また、マーティンがプールのシーンでデイビッドをからかう友人からデイビッドをかばっているところからしても絶対的に嫌っているわけではないのだから、人間とロボットの共存の道はあるというのに、なぜかすべての人間関係を絶って、あのラスト・シーンへ持っていくというやり方は感心できない。これなら、まだ「ショート・サーキット」のジョニー5の方が人間味があった。
 役者としてはハーレイ・ジョエル・オスメントはロボットの少年というモデルのない役を演じているため、キャラクターに安定感がなかった。特に自分と同じロボットを見た時の様子は、ロボットらしくなかった気がする。フランシス・オコーナーは「悪いことしましョ!」の時とは別人のような演技を見せていた。
 全体としては童話の話を無理矢理未来の話に結びつけたという感じで、シーンごとの結びつきが薄いし、不必要なシーンが多いような気もした。