1998 1998 1984

MORE

人名 DREW BARRYMORE ドリュー・バリモア
誕生日・性別 1975/2/22 WOMAN
出身 米カリフォルニア州ロサンゼルス
 両親は俳優のジョン・バリモア・ジュニアとイルディコ・ジェイド。
 芸能界デビューは、両親の友人がタレント・エージェントに写真を送ったことから始まる。映画デビューはケン・ラッセル監督「アルタード・ステーツ」(1980)でウィリアム・ハートの子供の役。
 しかし、彼女が注目されたのは、「E.T.」でのヘンリー・トーマスの妹役。ここで好奇心旺盛で表情豊かな女の子を演じた彼女は、早くも俳優としての才能を見せつつあった。(ユース・イン・フィルム賞受賞)この時、ドリューは、スピルバーグ制作の「ポルターガイスト」のオーディションも受けたが、「ポルターガイスト」で選ばれたのはヘザー・オルーク。ヘザーのその後の活躍を考えると、この時期に二人の天才子役が誕生したことになる。
 ドリューはその後、ゴールデン・グローブ賞助演女優賞にノミネートされた「ペーパー・ファミリー」「炎の少女チャーリー」で主演をつとめ、順調なキャリアを重ねていたが、私生活では荒れていた。アルコール依存の父に捨てられ、母親の厳しい締め付けにより、ドリューは9才にして酒を飲み始め、10才でマリファナを吸い、12才でコカイン、13才の時にはリハビリを繰り返していたが、この頃から禁酒に励むようになり、14才で一度は自殺を図るものの、15才の時、母親と縁を切る法的判決を勝ち取り、ついに自立に成功した。19才の時には電撃結婚し、電撃離婚している。
 その後の彼女は、子役の頃のイメージとは正反対の、不良少女のようなダーティーな役柄を演じることが多くなったが、1992年には「ガンクレイジー」で二度目のゴールデングローブ賞主演女優賞にノミネートされ、ついに「スクリーム」(1996)でオープニングを飾って、子役時代に培った愛くるしい顔立ちを観客に印象づけ、方向転換に成功。「ウェディング・シンガー」からは清純でキュートな笑顔を見せるドリューを見ることが出来るようになった。
 95年にナンシー・ジュボネンと製作会社フラワー・フィルムズを設立、第一作「25年目のキス」、第二作「チャーリーズ・エンジェル」で主演・制作を勤めた。
 最近では女性のための性に関するキャンペーンや野生動物の保護の資金集めにも活躍。自身も肉や魚や卵を食べない菜食主義者となっている。
 2000年の夏に「チャーリーズ・エンジェル」でも共演したトム・グリーンと婚約を発表。2001年3月に結婚、同年7月、カリフォルニア州マリブで結婚式を挙げた。しかし、同年12月に離婚。2008年、俳優ジャスティン・ロングとの交際が始まり、7月に破局したが、2009年に復縁している。
出演作 1980年「アルタード・ステーツ/未知への挑戦」
1982年「E.T.」◆
1984年「ペーパー・ファミリー」◇「炎の少女チャーリー」◇
1985年「キャッツ・アイ」◇
1986年「おもちゃの国のクリスマス」◇
1989年「いくつもの朝を迎えて」◆
     「ネバダ・ファミリー/静けさは危険な香り」
1991年「モトラマ/5億ドルを狙え!」◆
1992年「ノー・プレイス・トウ・ハイド」「ボディヒート」
     「ドッペルゲンガー」◇「ガンクレイジー」◇
1993年「ウェインズ・ワールド2」
1994年「バッド・ガールズ」◆「ドリュー・バリモア プワゾンの香り」◇
1995年「マッド・ラブ」◇「ボーイズ・オン・ザ・サイト」◆
     「バットマン・フォーエバー」◆
1996年「世界中がアイ・ラブ・ユー」◆
     「スクリーム」◆
1997年「リスキーブライド/狼たちの絆」◆
1998年「ウェディング・シンガー」◇「100万回のウィンク」◇
     「エバー・アフター」◇
1999年「25年目のキス」◇
2000年「タイタンA.E.」(声)「チャーリーズ・エンジェル」◇
     「誘惑の接吻(キス)」
2001年「サンキュー、ボーイズ」◇「ドニー・ダーコ」◆
     「フレディのワイセツな関係」▲
2002年「E.T.20周年アニバーサリー特別版」◆「コンフェッション」◆
2003年「チャーリーズ・エンジェル フルスロットル」◇「おまけつき新婚生活」◇
2004年「50回目のファースト・キス」◇
2005年「2番目のキス」◇「デート・ウィズ・ドリュー」
2006年「おさるのジョージ」(声)
2007年「ラブソングができるまで」◇「ラッキー・ユー」◇
2008年「ビバリーヒルズ・チワワ」(声)
2009年「そんな彼なら捨てちゃえば?」